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蠅の雑記

アニメのこととか

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』について

アニメ

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Introduction.

 

 です。どうも、ようやく初記事の投稿です。このブログについにまともなアニメ記事(正確にはアニメではないけど)が載るのかと思うとなかなかに感慨深いです。そんなこんなで早速本題に入ります。

 

「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」という試み

 て、今期放送中のアニメ作品も色々とあるわけですが、その中でも異色中の異色作として、この「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」が挙げられるかなと思います。ニトロプラスよりお馴染みのあの虚淵玄氏が【原案・脚本・総監修】を務めるこの作品の何が異色かと言えば、人形劇であることです。

 そう、"人形劇なのです。

 まぁもうみんな知っているのだろうけど、ついでに言えば本作品そしてこの人形劇がどういうものであるかということについてなんて公式で散々紹介されているのだけど、今回改めてざっくりと解説していきたいと思います。

 そもそもとして、今回の企画は虚淵氏が台湾を訪れた際そこで偶然目にした人形劇に衝撃を受けた、というのが事の発端だそうです。この人形劇は布袋劇(wikipediaへのリンク)というもので、その起源は17世紀にまで遡る歴史ある中国・台湾の伝統芸能であり、布で作った袋状の特徴的な人形を用いることから、"布袋"劇と名付けられました。詳しくはリンクよりwikipediaのページをご覧下さい。

 この「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」という作品は、台湾で現代的にアレンジした布袋劇をかれこれ30年以上に渡って制作し続けている、霹靂(ピーリー)による布袋劇(以降霹靂布袋劇と呼びます)をベースとしています。勿論本作の制作局も霹靂社であり、「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」は主要キャラが軒並み神仙クラスの武芸者であるという、霹靂布袋劇の特徴を引き継いだ武侠ファンタジーとなっています。しかし本作は日台共同のプロジェクトということで、霹靂布袋劇そのままの作品ではなく、日本のアニメから取り入れられる要素として、人形のビジュアル面や特に音声に関する部分で、霹靂布袋劇の持つ良さをしっかり残しながら現在の霹靂布袋劇からさらに一歩踏み出したものとなっています。本来の霹靂布袋劇では、キャラクターの顔はもっと武骨であり、特にメインヒロインである丹翡(タン・ヒ)など女性キャラクターの顔の造形は、本来のものとは異なりかなり丸みを帯びたものになりました。さらに音声面では、日本の音響技術の高さが活きたそうです。また、霹靂布袋劇ではたった一人の声優がナレーションから各キャラクターの演技から全てを担当しているのですが、今回の企画ではなるべく霹靂布袋劇としての良さをそのままに残したいということで、台湾語による本来の劇が持つ独特の雰囲気や見得などの間を尊重し、台湾語で作り上げたものを一度中国語に直し、さらにそれを日本語に直して吹き替えとして声優が声を当てているという徹底ぶりです。その中で、主要キャラクターの"見せ"の際に流れる、各キャラにちなんだ内容の念白と呼ばれる詩吟だけは、霹靂布袋劇で口白師を務める黃文擇氏の台湾語による念白をそのままに劇中で使われています。

 以上のようにして、この「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」という、布袋劇と日本のアニメーションを合わせたハイブリッドな作品は作られていきました。

 

中華武侠ファンタジーとしての価値とその魅力

 章では作品外部に焦点を当てて来ましたが、次は作品の中身についての話をしていきたいと思います。

 いざ本作のどの部分に着眼点を置くかといった時に、人形劇としての凄さは第一に挙がるかと思います。神仙の如き異能が出てくるCGを多用した激しい戦闘シーンは、初見となる第1話で「人形劇でここまでやるんだ……」と素直に感嘆してしまうものでした(実際第1話だからということで結構注力していたらしい)。ストーリーも中盤で若干刺激に欠ける展開が続くものの、現時点での最新話である第9話あたりからは再びエンジンがかかってきて、これからラストに向けてドラマが白熱していくであろうことが窺えます。

 しかし、自分が本作で注目しているのは、皆に注目してもらいたいのはもっと違う部分なのです。それが何かと言えば、本作が本格的な"中華武侠ファンタジー"である、ということです。さらに言えば、俗に二次元とも呼ばれる日本の物語エンターテイメントの最前線であるアニメーション作品に並ぶ形で、本作のような中華武侠ファンタジーがついに登場した、ということなのです。人形劇という形でこそあれ、日本のアニメ枠作品に本格的な中華武侠モノが登場するのは、史上初なのです。本格的な中華武侠モノに魅せられた一人として、これが嬉しくないはずがありません。布袋劇同様に、本場である中国では金庸作品などの武侠小説は広く知られていますが、すぐ隣の日本ではまるで認知されていないという状態です。ましてや日本産の武侠モノなど、本格的な中華武侠からアレンジを加えたものまで含めて、ラノベに数作エロゲに一作アニメに一作WEB漫画・小説に一作二作といった具合で、言ってしまえば"ド"のつくマイナージャンルなわけです。それがいきなり2016年にこのような形でアニメ枠の作品として登場したのです。これは純粋にすごいことだと思います。

 また本作の中華武侠ファンタジーとしての洗練度の高さについて、アキバ総研さんの記事でこんなことも書かれています。

 

【中国オタクのアニメ事情】中国の7月新作アニメの動向、日本から来た武侠作品の衝撃


 7月の新作で中国のオタク界隈に最も衝撃を与えたかもしれない作品、「Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀」についての紹介をさせていただきます。(中略)

 この作品の「中国に対する衝撃」ですが、1つ目はこの作品が「日本人によって作られた、中国の感覚でも問題なく受け入れられる武侠の空気を持った作品」だという点です。(中略)

 2つ目は「オタク向け要素を入り口にした別ジャンルへの影響」という点です。布袋劇は中国で人気の高い有名な娯楽ですが、ある種の伝統芸能でもあり、中国のオタク界隈ではこれまで一部の層を除いて、興味を持つ人はあまりいなかったそうです。しかし虚淵玄氏が手がけるということで、それまで布袋劇に興味を持つことのなかった層も「東離劍遊紀」を視聴することとなり、その結果、オタク趣味を持った中国の若者の間で布袋劇に興味を持つ人が増加しているとのことです。この作品の「中国のオタク層に対する新たなアピールと影響」に関して、中国の方からは「オタク系コンテンツの活用方法について考えさせられる」という話も聞きました。(中略)

 最後に、「日本に対する中華系要素を持った作品を展開する際の理想的なやり方」についての衝撃です。(中略) 業界寄りの中国のオタクの方から聞いた話によれば、「東離劍遊紀」は高いクオリティに加えて、武侠的な空気を形作る劇中の「日本語の言い回し」、さらにはメディア展開や公式サイトにおける情報提供などさまざまな面で非常にうまくできており、武侠的な要素をはじめとする中華的な要素を持つ作品が日本で受け入れられる際の見本のひとつなのではないかとも感じられたそうです。

akiba-souken.com

 

 さらに本来の中華武侠作品との差異として、「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」の特徴は霹靂布袋劇特有の重要キャラがみな神仙クラスの武芸者であることとは別に、より現代的な台詞回し、妖魔が出てくること、俗世の武林とはあまり関係ないところで話が展開していくことなどありますが、それでも武侠モノとしての魅力はしっかりと押さえられていて、第1話での主人公殤不患(ショウ・フカン)の台詞回しや、最新話での殺無生(セツ・ムショウ)の剣客としての在り方による蔑天骸(ベツ・テンガイ)との剣戟など、そういった部分に魅力的に感じた人も少なくないのではないでしょうか?『 武侠的な空気を形作る劇中の「日本語の言い回し」(中略)など様々な面で非常にうまくできており』とは先程引用した記事でも書かれていますが、これは本作のスタッフの手腕もさることながら、中国語で書かれた武侠小説を当時見事に和訳してみせた翻訳家達の功績あってこその物だとも思っています。

 そしてストーリーも終盤に差し掛かる中、第9話では殺無生の生き様に変わる形で、第1話で見せたきり第2話からずっとお預けをされていた殤不患のキャラクター性にいよいよスポットが当たり始めます。何よりも第9話ラストで凜雪鴉(リン・セツア)が殤不患の剣の秘密に気付くシーンで、ついに虚淵玄の大きな仕掛けが明らかになりました。

 なんと殤不患が今の今まで使っていたのは、金属ではなく木で出来た 木剣 だったのです。刃の潰れたナマクラなのではとも言われているようですが、第1話から見返してみた結果やはりこれは木剣であるようです。自分も今の今まで気付かなかったクチですが、これがまたシビれる演出でした。自分なりに検証したものも後で載せますが、先にこの仕掛けについて書きたいと思います。

 

最初からずっと木剣を振るっていた主人公

 

f:id:flere210brs:20160908024131p:plain (*OP冒頭のシーンより)

 

 の本作に仕掛けられていたトリックについてですが、主人公が剣を振るう時など、第1話からシャキンといった金属的なSEが常に使われていたせいで、また暗かったり木剣のはっきり映るカットがすぐに切り替えられたりという感じで、黒っぽいがこれも金属製の剣なんだろうとてっきり思い込んでしまっていた、という状態になっています。剣身を納めた状態のまま鞘で敵を払ったり地面を突いたりするシーンではカコンという木質音がSEとして使われていたりするのですが、鞘が木で出来ているために、それによる音だろうと違和感を覚えることもなく、第9話まで多くの視聴者を見事に騙しきったように思います。(というか木剣がありありと写っている第1話は戦闘シーンに意識を持って行かれて全然剣になんか気が行かなかったというのが正直なところです)

 ここで主人公の名に着目してみましょう。殤不患、殤を患わずという文字列になっています。殤は死・若死、患は憂うという意味(多分)であり、つまり「(若き)死を憂うこと無し」というのが殤不患のキャラクター性を示す文句となっているわけです。劇中で他者の命が奪われることを憂いていることから、殤の指すところは主人公自身の死であると思われます。もしかすれば若死という意味の殤という文字を選んだのは、寿命による死と対比して戦闘により寿命を全うせず死んでしまうということはない、なんて理由もあるかもしれません。またその通り名は刃無鋒です。無鋒とは切っ先のない剣のことを指していて、第1話で見せた相手の剣先を折ってしまう技から付いたのではないかと推測されます。その上で、殤不患自身が切っ先を失った剣であるという暗喩的な意味合いもあるかもしれません。

 話は戻って殤不患の剣が木剣だったという話ですが、この木剣もまた、殤不患のキャラクター性を暗示するものになっています。強度も威力も切れ味も劣る木剣を何を思って持ち始めたのかはわかりませんが、大方自分の強さを隠すためなのでしょう。第2話で完全に舐めてかかってきている敵に対し「そうだよ。皆そこを履き違えるから剣を抜く……。それが命取りだって教えても、聞きやしねぇ!!」と苛立たしげに言葉を返しています。おそらくは本来の強さを誇示しているままでは挑んでくる者が後を絶たず、木剣で強さを隠し、挙句には西幽から東離へと渡ってきたとかそんなような話だったりするのかもしれません。

 そして、武侠モノにおけるあらゆる武功の礎として、内功というものがあります。これに優れた者は自らの身体のみならず手や足に触れたものにまで内力(または内勁。気が生み出すエネルギー)を通し、その物を著しく硬化させたり鋭さを上げたりすることができ、それによって弓の弦や伸ばした紙などを刃物のように使ったり、盃の水をまっすぐ飛ばしたりと色々なことが出来るようになります。本作で剣舞の際に切っ先から尾を引いている光もおそらくはこれと同類のものの演出でしょう。第8話で狩雲霄(シュ・ウンショウ)が殤不患のことを「内勁は大したものだ」と評価しているシーンもありますが、殤不患は第1話からずっと、木剣に内力を通しまるで剣のようにして振るい続けていたのです。鉄の檻を気の放出によって粉々にしてしまうほどの内功の持ち主であれば、それも十分可能なことです。その後の殺無生の台詞で亡者相手に勁力を込めすぎだとも指摘されていますが、木剣であるがゆえに本来の三倍以上の内力を通していたというわけです。石の巨人相手には実力を渋ったのか木剣ではさすがに石を斬ることはできなかったのかわかりませんが、十分辻褄は合うように、かつミスリードないし殤不患の得体をわからなくさせる方向へうまく誘導するように台詞が選ばれていたように思います。そこに加えて抜剣中のSEが金属音になっていますから、なかなか周到に手の込んだ粋な仕掛けとなっているのです。

 

木剣についての検証と考察

 ず、前章を経ていざ検証に入るにあたって、「そもそも木剣なのに金属音のSEっておかしくはないか」という疑問が発生します。たしかに木から金属音がするなんておかしな話ですが、実はそこに本作の持つSE演出の妙が隠されていました。そのことも含めて、以下で順に確認していきたいと思います。

 

  • 剣身の色 

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    f:id:flere210brs:20160908071226p:plain どう見ても木剣にしか見えない。f:id:flere210brs:20160908070755p:plain 金属製の銀の刃面に対しどう見ても茶色がかっている。f:id:flere210brs:20160908071116p:plainf:id:flere210brs:20160908071259p:plain 暗い場所では黒っぽく見える。さらに下の画像からは刃がないこともわかる。

 色については以上6枚の画像を挙げてみました。まぁこれだけでも木剣判定をしてしまって十分に構わないのではないかと思うのですが、これに加えてもう一つ木剣であることを示すのではないかと考えられる第9話のシーンが次の画像になります。

  • 剣の軽さ

    f:id:flere210brs:20160908073042p:plain 人差し指は中指の影に隠れている。

 おわかりいただけるでしょうか。なんと太刀をしっかりと握らずに、親指人差し指中指の三本だけで水平に支えているのです。これについては勘繰り過ぎな気もしないでもなかったのですが、剣を持つ際に手でしっかりと握らずに持っているシーンはこれ以外にありませんでした。他のシーンではどれも五指がしっかりと柄に絡んでいて、敢えてこういう持ち方をさせているのではないのか、という疑惑が一気に強いものとなりました。拳を握り込むシーンなど人形の手指がある程度ばらばらに動いているシーンもあるため、本作で使われている人形の指はある程度動かせるものであるはずなのです。可動なタイプのものと交換式になっていたりするのかもしれませんが、この持ち方はやはり故意的なものと十分に見受けられるものであります。自分はこのシーンについて、凜雪鴉が手に持って運んでくるにあたって、その軽さが気になり、剣身を抜いてみたところなんと木剣だった、と暫定的に解釈しています。

 

  そしてSEについてです。先程SE演出の妙と言いましたが、それが一体どういうことなのか話していきます。(あくまでもすごい穿った考察となります)

 第一に、この「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」では武器(中華武侠モノでは器械と言います)ごとにSEが結構こだわりを持って作られています。他のアニメでも武器のSEに対するこだわりが本作と同等だったりするのかは今まで気にしたことがなかったのでわからないのですが、少なくとも本作では登場する各武器のSEには細かいながら結構なこだわりが感じられました。アニメと違って模造ながら実物を映しているだけに、素朴ながら水準の高いリアリティの追求がなされたのかもしれません。

 本作では何種類か武器が出てきますが、その中で一番わかりやすいのが捲殘雲(ケン・サンウン)が使う槍のSEです。例として第2話の初登場の際、遠くから勢い良く槍が投擲されて地面に突き立ち、その衝撃によって槍全体がバネのように大きく振動しているシーンがあります。捲殘雲が使う槍のSEの特徴としては、穂(刃身の部分)と柄の部分とで音が分けられており、穂は剣同様の甲高い金属音、柄は少しこもったような鈍い金属音がそれぞれ割り当てられています。また槍の柄が振動する際の柄の部分の"鳴り"もSEとして盛り込まれていて、特に大きく振動しているこのシーンでは鳴りの音も長く大きくなっています。登場してからの槍舞でも振り回していた槍を途中勢い良く止めるシーンや、口上の最後に石突きを地に突き下ろす時にも柄の鳴りが入っていますが、投擲されるシーンよりは鳴りの響きなどが押さえられているように聞こえます。また第3話以降では穂の部分の鳴りも入り、この四つの音を適度に織り交ぜて槍のSEを演出しています。(柄の鳴りの音からして、中は空洞になっているのかもしれない)

f:id:flere210brs:20160908081140p:plain 捲殘雲初登場時のシーン。

  他、丹翡や殺無生などの使う剣であったりは、その鳴りも含めて基本的にどれも槍の穂先と同じような甲高い金属音が使われています。何かを斬りつけたり剣を構えたりする際の音などは音の長さなどが変えられ、刀剣の幅によっても音の高さの違いがあるように聴こえ、抜剣時では当然ながら金属が比較的長く擦れる音になっています。さらに言えば、昼間の屋外に比べて夜間などの暗い空間にいる場合では金属音の高音の残響や鳴りが強調されているようにも聴こえます。これに関しては夜間や室内のほうが音は響きやすいということで差異が付けられているのではないかと考えています。加えて、"見せ"として強調される戦闘シーンかあるいは何種かの壮大なBGMが流れるシーンで同じくして平時よりも高音の残響や鳴りが強調されるように感じます。

 さて肝心の殤不患の木剣についてですが、これに当てられているSEは剣身から鳴る金属音と鞘などの部分からする木質音の二つがあり、金属音のSEは木剣だからが故なのか基本的に他の武器のSEに比べて高音の響きや鳴りが抑えられています。他の武器との差異がわかりやすい例としては、第3話で現れた亡者の群れに対し殤不患と丹翡そして捲殘雲が武器を構えるシーンです。殤不患の抜刀音だけ音程が低く残響もなく、別種のものとして処理されているように聴こえます。第7話の亡者戦でも、結界のため三人がそれぞれの武器を地面に突き立てる時のSEにはしっかりと高音の響きや鳴りが入っているのに対し、比べて殤不感の木剣のSEはやはり高音の響きも鳴りも抑えられているように聴こえます。これらの点から、木剣であるが故に他の武器のSEに対して差異をつけているのではないか、という可能性が十分に考えられるのです。

 しかし、逆に木剣の金属音のSEにしっかりと高音の響きや鳴りが入る場合もあります。それは第1話の雑魚及び殘凶戦、第5話の殺無生に対して抜剣する時、そして第7話の石の巨人の呪符に切っ先を突き立てる時です。その中でも鳴りがしっかりと入るのは殘凶戦で見せた技の時と殺無生に対して抜剣する時のみで、その他のシーンでは高音の響きは入っていても鳴りは響かず、音切れ良くSEが鳴り止んでしまいます。しかし殘凶戦の技の際には、一度手放した木剣を再び掴む時にまで強く鳴りが入っているのです。殺無生と相対した際の抜剣時には、劇中の中では一番に強く響きと鳴りの入った木剣の金属音のSEが響き渡ります。また殘凶戦のように一度手放した木剣の柄を再び掴む際にSEが入るシーンは第7話の亡者戦にもう一度あるのですが、こちらでは金属音ではなく掴む部分そのままに木質音のSEが入っています。

 無論、剣を納めた状態のまま鞘で敵を打ち付けたり地面を突き下ろしたりする際に木質音のSEが入るのは妥当なことだと考えられますが、それ以外の場合では、殤不患の木剣にSEを付けるにあたりいささか複雑なSEの分け方をしているとは思いませんでしょうか? 加えて、さらにあと二つ注目すべき木剣のSEが鳴るシーンがあります。それは第7話で亡者が片付いた後息を荒げた殤不患が抜身のままの木剣を地に突き立てながら膝をつくシーンと、第9話ラストの凜雪鴉が木剣を検分するシーンです。どちらでも木質音が鳴っているわけですが、前者は切っ先を地に突き立てているにも関わらず金属音ではなく本来の木質音が鳴っているというシーンになっていて、後者もまた鞘に納まった状態の木剣を抜き差しするにあたって、本来の木質音がするというシーンになっています。前者であれば抜身の状態の剣身から木質音が鳴る特例であり、後者であれば剣を鞘から抜く際に木質音が鳴る特例であるわけです(※殤不患が抜剣する際のSEは全て金属音となっている)。後者は劇中でようやく殤不患の剣が木剣であることに焦点が当たるタイミングであることもあり、その面で木質音のSEとなっているとも考えられます。

 

 さてここまでひたすらに木剣のSEについてしつこく書いてきましたが、実はこのSEの分け方には、ものすご~く穿ってみると、ちゃんとした法則性があるように考えられるのです。それは、 「木剣に込められた内力の強さに比例する形でそのSEを変化させている」 というものです。それを踏まえていくつかポイントとなる部分を振り返ってみましょう。

 まず前提として、木剣を金属製の剣が如く振るうため、殤不患は戦闘時など基本木剣に内力を通しています。木剣から木質音ではなく金属音がするというのは、木剣がその剣身に通る内力によって剣となっているということの表現なのではないだろうか、というのがそもそもの発想でした。

 次に亡者戦などでは木剣からする金属音のSEの響きや鳴りが抑えられているわけですが、亡者が相手ということで、他の場合に比べ木剣に通す内力は弱かったのではないかと考えています。

 そして逆に高音の響きや鳴りがしっかり入る場合として挙げたシーンでは、他のシーンに比べ殤不患が通す内力が強くなっていると、中でも特に響きや鳴りが強調されていた殺無生と相対しているシーンでは、相手が相手であるだけに現時点の劇中で最も木剣に内力を込めていたのではないかと考えています。他の三つのシーンであっても、それぞれ娘を追い回す悪党達への義侠心や、直前に本気出すと言っていることや、石に木剣を突き立てるにあたって強く内力を込める必要があった等と、それらしい理由も十分に窺えます。

 最後に木剣から木質音が鳴る特例についてですが、この二つのシーンでは"殤不患は木剣に内力を通していない"というわけです。第7話のシーンでは結界の外で一人亡者の群れとひたすら戦って疲弊している状態であり、刑亥(ケイ・ガイ)によって亡者の襲撃がなくなったことで木剣に通していた内力を解いていると見られ、第9話ラストのシーンではそもそも殤不患は木剣を触っていません。

 以上が、「木剣に込められた内力の強さに比例する形でそのSEを変化させている」という今回の解釈考察の全容です。これがもし本当だとするなら……とか妄想して「本作の持つSE演出の妙が」なんて言い切ってましたすみません。悪気はなかったんです許してください。

 ただ、それでも面白い着眼点を見いだせたようには(そしてそれなりのものが書けたように)思います。カットの作画への注力度合いに差をつけて見せ場となるシーンをより強調するという手法は、一見しただけでもわりとわかりやすいものであるわけですが、本作では武器のSEにおいてそれと同じようなことがなされていたわけです(多分)。さらにその上で、主人公の木剣に対してどうやら込められている内力によってもSEを変化させているようだということで、SEの差をチェックしていく中でこれに気付いた時には思わず興奮してしまったものです。

 とまぁそんな話だったわけですが、当記事は果たしていかがだったでしょうか? 一つでも面白いと思っていただける部分があったなら幸いです。

 

Conclusion.

 直、SEの聴こえの差なんてかなり輪郭のぼやけた話であるので、この記事で書いていることは、あくまでも一つの解釈・考察として、頭の片隅にでも置いておいてもらえたらと思います。

 そして拙文ここまで読んでいただいた方には、是非とも感謝をば。第一声に「長いッ!!」と文句が飛んできそうな当記事、約1万文字となりました。ここまで読んでいただいた方、本当にお疲れ様でした。

 最後に、「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」から本格中華武侠モノにほんの少しでも興味が湧いた方、その気持ちに従って是非武侠作品に手を出してみてください。魅力的な世界が待っています。中でもWEB漫画の「侠」という作品は、武侠作品の入門としてすごいオススメです。漫画なので読みやすくおもしろいです。

 

 以上です。

 武侠作品が日本でもっと広まることを祈って、ここらへんで締めとさせていただきます。

 おわり。